2016年/日本/130分
監督 黒沢清
原作 前川裕
脚本 黒沢清、池田千尋
撮影 芦澤明子
音楽 羽深由理
出演 西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之、藤野涼子、戸田昌宏、馬場徹、最所美咲、笹野高史
ぼくが黒沢清監督のフィルモグラフィの内、観たことあるのは『リアル~完全なる首長竜の日~』、そして、前田敦子主演の『Seventh Code』の2本だけです。いずれもそこそこ楽しんだのですが、それ以上に黒沢清と言う監督の作家性に触れた記憶が鮮明に残っています。もちろん、なんとなく感触を掴んだ程度のものではありますが。
さて、今作ですが実は鑑賞直後はうーんと頭を抱えてしまいまして。前半から中盤にかけてはその独特なカメラワーク、照明と緻密に計算された演出に「おお、すげえ…不穏だ」とワクワクとゾクゾクの寄せては返す波に揺られて前のめりにスクリーンに入り込んでいたのですが、後半からエンディングに向けてあまりの脚本の破綻ぶりに、また、過積載で捕まること間違いなしの満載の突っ込みどころに頭がくらくらしてしまいまして、かてて加えて何とも後味の悪い結末なだけに、エンドロールが流れ出した瞬間、席を立ってしまったほどでした。
そんな、いらいらともやもやを抱えたまま家路につき、ウィスキーを飲みながらこれはどう感想をしたためたものかと頭を悩ませていたところ、はたと「いやいや、これはスゴイ映画かもしれない」との思いにぶち当たったのですね。一応はミステリーっちゅうかサスペンスホラーみたいなくくりの映画なんですけれど、散りばめられた伏線は回収されないし、謎は謎のまま残ります。人物や人間関係の背景も深くは描かれません。エンディングも「は?」ってなります(ぼくの場合は)。しかし、黒沢清監督はそんなことを説明するつもりはないんだ、そもそも、ストーリーを語ることによって作品を成立させようとはしてないんだ、という所からこの映画は始まると思います。
タイトルの“クリーピー(creepy)”を辞書で引くと「(恐怖・嫌悪などで)ぞくぞくする、ぞっとする、身の毛がよだつ」などとあります。a creepy storyだと「気味の悪い話」ですね。その形容そのもの、形を持たないそのぞっとするさま、それ自体を映像として、映画としてものしようとしたのではないかと考えました。あるいは、ストーリーテラーとしてではなく映像作家としてより際立つ黒沢清監督の資質がいかんなく発揮されたマスターピースとも言えるのではないでしょうか。褒め過ぎかもしれませんし、一つだけはっきりお伝えしておきますが、商業映画として、あるいは娯楽映画として普通の人が普通に観れば酷評されてもやむを得ん仕上がりではあります。あくまで黒沢清監督作品と言う鍵括弧付きの素晴らしさですね。
あと、これはこの映画を観た誰しもが認めるところでしょうが香川照之の怪演が出色でしたね。ぶっちゃけこの不気味な隣人、西野を演じる香川照之ありきの映画であると言っても過言ではありません。主人公の元刑事で現在は大学で犯罪心理学の教鞭をとる高倉を演じる西島秀俊、ぼくは演技するこの俳優さんを今作で初めてまともに拝見したのですが、いささか棒っぽいですよね。その妻を演じる竹内結子も何やら仰々しい芝居でした。しかし、この演技のある種の不自然さも何となく作品が醸し出す不穏な空気とマッチしてそれはそれで良かったです。
ご想像通り、香川照之がサイコパス役なんですが、それはもとより西島秀俊も相当なサイコでしたよ。犯罪心理学者らしからぬ情緒不安定っぷりだし、連続殺人犯のスケールの大きさを例に、さすがアメリカですね!とか嬉々として教壇で語ってるし。竹内結子も「昨日のシチュー余っちゃったんで」とか言って変な透明のどでかいボウルになみなみとシチューをよそって持ってきたりとか。東出昌大が演じる野上刑事の距離の詰め方も怖いものがあります。とにかく出てくる登場人物が程度の差こそあれおしなべて変なんですよ。遠景のショットで背景にモブが映りこむシーンが多々あるんですけれど、それもものすごく不自然かつ変な感じで文字通り気味が悪い。この映画のもう一つの主人公である“家”。無機物であるそれらでさえ奇妙な感じがスクリーンから漂ってきて恐怖を覚えます。
第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕による原作小説の『クリーピー』、こちらもぜひ読んでみたいところです。映画とはストーリーも含めて違うテイストになっているようで、併せて楽しみたいですね。謎はきちんと解明されているのでしょうか。いずれにせよ、今作については賛否両論あるのは間違いないでしょうし、とは言え失敗作、駄作の烙印を押して済ませてしまうのはもったいなさすぎる。手放しで褒めて制作サイドをスポイルしてしまうのではないかとの懸念も覚えますが、黒沢清は一見さんお断りだよ!と突き放してしまうのもいかがなものかと思います。商業映画と作家性のライン際をひた走る黒沢清と言う稀有な映画監督の提示する今現在の邦画がそれこそ世界に通用せんとして放つオーラっちゅうかパワーみたいなものと、そのクオリティを感じるためにもぜひとも観ておいて損はない作品かと思います。
今作が映画出演2本目となる藤野涼子ちゃんの好演が光りました。堂々としたもんです。「あの人、お父さんじゃありません。皆さんおなじみの香川照之です」 |