2016年6月9日木曜日

ヒメアノ~ル


2016年/日本/99分
監督 吉田恵輔
原作 古谷実
脚本 吉田恵輔
撮影 志田貴之
音楽 野村卓史
出演 森田剛、濱田岳、佐津川愛美、ムロツヨシ、駒木根隆介、山田真歩、大竹まこと

事前に各方面から主演の森田剛の演技が凄いとの評判を耳目にしており、また原作の古谷実のファンでもあり、漫画版『ヒメアノ~ル』は折に触れ幾度か読み返している大好きな作品と言うことで、公開間もなく劇場に足を運びました。そこで、今週のムービーウォッチメンで取り上げられることになり、こちらに感想をしたためている次第でございます。

なるほど、評判通り森田剛の演技は凄まじいものがありました。直近に観た『ディストラクション・ベイビーズ』(ぼくの感想はコチラ)で柳楽優弥が演じた泰良とはまた違ったベクトルの暴力性を、圧倒的な絶望すら感じさせる負の演技でスクリーンに表出させます。壮絶ないじめを受けた末、その相手を殺害することによって得た、まさに今作のポスターに書かれたキャッチコピー「めんどくさいから殺していい?」の言葉通りの倫理観でもって次々と自分の前に立ち塞がる障害物を排除していく。いわばモンスターとも言える殺人鬼を、ステレオタイプに描かれがちなサイコパスやシリアルキラー像とは異なるアプローチで演じています。

また、この森田剛の演技をより際立たせるのが脇を固める濱田岳、ムロツヨシ、佐津川愛美の明暗を行ったり来たりする芝居。映画の途中、「え?ここで!?」と言う絶妙なタイミングで『ヒメアノ~ル』のタイトルが出てくるんですが、お話しはざっくり言ってコメディタッチなほのぼの恋愛パートと、森田剛が本領を発揮するシリアス殺人パートを行き来しつつ後半からエンディングに向かって「ど」が付くほどのシリアスな展開に収束していくんですね。それで、濱田岳と佐津川愛美のご都合主義的お付き合いのいちゃいちゃやムロツヨシ演じる安藤さんの原作通りにぶっとんだこじらせっぷりやらの陽の部分が照らす影として徐々に闇に巻き込まれていく三人の演技が非常に効果的で、より今作で語られる普通の中の異常っちゅうか普遍的な闇みたいな、それって全部地続きなんだよねと言う恐怖を感じることができる仕掛けになっていると思います。

もちろん原作と異なる部分、設定はありますが99分と言う頃合いの尺の中で、そのクオリティを損ねることなく、普遍性を持たせたテーマで収めきった監督の吉田恵輔の手腕は見事だと思いますし、脚本も手がけられているようでそこも含めて大変に完成度が高い作品だと思います。ぼくはこの監督の『ばしゃ馬さんとビッグマウス』が大の苦手で、当時ムービーウォッチメンに投稿したメールでも酷評した覚えがあるのですが、この時に感じた吉田恵輔監督の演出における生理的嫌悪感みたいなものが今作ではすごく刺さったと言うかマッチしていたようで、割にぼやかさずにズバッと描き切る底意地の悪さがうまくハマりました。なので、もちろん鑑賞していて居心地の悪さ満載なんですけれど、中途半端な感じにはならず、しっかりと嫌な気分にさせてくれます。

ラストのエピソード、これも原作とは全く違った解釈の中で描かれるのですが、森田剛が放つたった1行の台詞で衝撃が体を走り、思いもよらず号泣すると言うシロモノ。もちろん、そこに救いも希望もないのですが、なんとも切ない感情が心をよぎります。せ、切ない…。吉田恵輔監督の意地悪さと優しさが共存して発揮される瞬間ですね。かように鑑賞中、様々なエモーションを引き出してくれる今作ですがそれもこれも全て地続き、「普通さ」と言うのはこんなにも危ういものなんだよ、と改めて示唆してくれる傑作でございました。

これまた、『ズートピア』みたいな感じで人にお勧めするのは憚られますが、森田剛の演技を含め今の邦画が為し得るものづくりのひとつの到達点みたいなものをしっかりとその目で捉えていただく為にもぜひ観て頂きたい作品ではあります。レイティングがR15+なだけあってそれなりのシーンは多々ございますので、くれぐれもそこはご留意ください。あ、『アイアムアヒーロー』に続き藤原カクセイさんの仕事も拝見できますよ!

佐津川愛美ちゃん、古谷実的ヒロイン像をしっかりと可愛く演じています(R15+ならではのシーンもあり)。

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