2014年2月5日水曜日
小さいおうち
2014年/日本/136分
監督 山田洋次
脚本 山田洋次、平松恵美子
撮影 近森眞史
音楽 久石譲
出演 松たか子、黒木華、片岡孝太郎、妻夫木聡、吉岡秀隆、倍賞千恵子
山田洋次監督の作品は寅さんですらまともに観たことがないんですよね。
そこで、今回の「小さいおうち」です。直木賞受賞作である恋愛小説の映画化ということですが、ぼくは原作は未読でしたし映画に関してもまったくと言っていいほど前情報を入れていなかったので、まっさらな状態で鑑賞しました。
昭和初期、戦争で不穏になっていく時代を背景に当時の中流家庭の様子を描きながら松たか子の不貞を巡って映画は進行していくのですが、舞台である赤い屋根の「小さいおうち」に女中奉公していた倍賞千恵子演じる老いた布宮タキの回顧録という形をとってストーリーが語られていきます。
この回顧録、親戚の妻夫木聡に勧められて大学ノートに鉛筆を舐めながらコリコリと書いていくのですが、すごい文章力なんですよね。読ませる。しかも、タキには知りえない描写や他人の主観の事まで語られているのはご愛嬌でしょうか。
また、これに妻夫木聡があーだこーだと文句をつけるわけですが、これがなんだかわざとらしいというか取ってつけたような批判もあって(この部分になんか作り手の意図みたいなものが透けて見えて)いささかうるさかった。
このふたり、随分と仲が良いのですが結局どういう血の繋がりの関係なのかわからずじまいでした。
そして、倍賞千恵子の得意料理らしく、妻夫木聡にとんかつをふるまってくれるのですがこれがさくっと揚がって大変においしそう。しかし、ご飯がよそってなかったので「お米なしでとんかつかよ」とふと心配になりました。
他にもお正月に出たお雑煮、昭和パートでも松たか子のふるまいで吉岡秀隆が食べていましたがこれも旨そうでした。
どんな話かわからないまま鑑賞しているその序盤、女中のタキが松たか子の足をさする場面があって、すわ!百合展開かと色めき立ちましたが、ぜんぜんそんなことはなかったですね。
この若い頃の布宮タキを演じる黒木華のナチュラル・ボーン・女中っぷりが非常に良かったです。
全体として演出のせいなのか役者陣の演技が大仰でわざとらしく感じたのですが、この黒木華演じるタキの女中っぷりと内に秘めた感じの抑制の効いた演技は好ましかった。
また、実際のところは知る由もないのですが、昭和初期の中流家庭の暮らしっぷりが丁寧に描きこまれているようで、特に片岡孝太郎の衣装や着替えのシーン、松たか子が着物を装うシーンなどに感じ入りました。
吉岡秀隆との秘め事の帰り、あわてて帯をさかさまに結っており「べとべとして気持ち悪い!」と、タキに廊下を拭かせるところなんかは情事を想像させてエロティックでしたね。
東京大空襲で赤い屋根の小さいおうちが焼夷弾で破壊され燃えるシーン、チープなセットと演出の絵面だったんですけれどぼくは背筋に寒いものが走りました。なんだか「ああ、もう取り返しがつかない。なくなっちゃった」ってすごく悲しくなりました。
晩年の布宮タキの家にはその赤い小さいおうちの絵が飾ってありました。と言うことは板倉正治と後年再会したってことですかね。いつもらったものなんだろう。
もっとも、布宮タキの死後、遺品整理の内に無造作に捨てられてしまったのですけれど。ほんものの赤い屋根の小さなおうちと同じようにこちらも跡形もなくなってしまう。
それにしても、妻夫木聡は33歳で大学生役、吉岡秀隆は43歳で新入社員役と相当無理がある年齢ながらまあまあこなせちゃうのがすごいですよね。いつもおんなじ役柄に見えちゃって困りますけれども。そして、松たか子の不倫のお相手としては吉岡秀隆演じる板倉正治は役不足のような気もします。あの男の性的魅力はどこにあるのか?ぜんぜんわからない。
映画はすべてが品良く描かれていて、現実世界では品の良いものが好きなくせに映画では下品なものを好むぼくにとっては決して退屈ではないけれどもいささかの物足りなさを感じてしまう作品ではありました。でも、倍賞千恵子の「私は、長く生きすぎたの」という台詞に彼女はいったい何に打ちひしがれたのだろう、と深い余韻を残しましたし、なんだか良い意味でしんみりとした気分にはなりましたよ。
なによりも、とんかつが食べたくなりました。