2016年8月6日土曜日

ファインディング・ドリー


Finding Dory/2016年/アメリカ/97分
監督 アンドリュー・スタントン
共同監督 アンガス・マクレーン
製作総指揮 ジョン・ラセター
原案 アンドリュー・スタントン
脚本 アンドリュー・スタントン、ビクトリア・ストラウス
音楽 トーマス・ニューマン
エンドソング シーア
日本版エンドソング 八代亜紀
声の出演(日本語吹き替え版) 室井茂、木梨憲武、上川隆也、中村アン、菊池慶、小山力也、田中雅美、さかなクン、八代亜紀、青山らら

実は前作の『ファインデング・ニモ』は未見なんです。あれだけ話題になったのにもかかわらず機会を逃し続けて、なんと早13年なんですね。DVDで予習する暇もなく劇場へGO、2D日本語吹き替え版で鑑賞してまいりましたが、これが存外楽しめました。面白さと感動が相まって、ここのところ荒みがちだった心がドリーたちの泳ぐ太平洋の海水で綺麗に洗い流されましたよ。

ぼくも元来、物忘れの激しい方でして、そこに加えて近頃は加齢による記憶力の劣化が著しく、もちろん劇中で描写されるドリーの短期記憶障害の症状とは意を異にしますが、決して他人(魚)事とは思えず、ググッと感情移入してしまいました。他にも弱視のジンベエザメや七本足の蛸など所謂ハンディキャップを抱えた海洋生物が登場し、障害を持つ人々をメタフィジカルに描いているわけですが、現実の問題はどうあれ、大人も子供も楽しめる非常に娯楽性の高いアニメーションとして落とし込んであって、物事をポジティブに捉えようと言う前向きさにぼくは好感を持ちました。

映像のクオリティの高さはもちろん、海洋生物たちの泳ぐ横の動きに対する、今回の舞台である水族館・海洋生物研究所を巧く利用したぴょんぴょんと飛び跳ねたりする(あるいは鳥のベッキーに運ばれ宙を舞う)縦の動きがスクリーンに奥行きを与えて、アクションシーンが非常に豊かで楽しいものでした。物語も終盤、蛸のハンクがトラックを運転し果てはトラックごと海に突っ込むと言う突っ込みどころ満載のシーンがあるのですが、このぶっ飛び具合もぼくとしてはオーケーでしたし、あそこでルイ・アームストロングの『What a Wonderful World』が流れるに至っては、うん、まあ細かいことは置いといて最高じゃん!となった次第です。

この蛸のハンクが今作のキーパーソン…パーソンではないですが、とにかく最高なんですよね。保護色を使って何にでも変身できるし、海の中も陸の上もなんのその。ベビーカーの運転から前述のようにトラックの運転までお手の物でチートっぷりがハンパない。でも、そんな彼も辛い過去を背負っていて、根は優しく淋しがりな蛸さんなのです。ちらっと『ズートピア』のニックを彷彿とさせますね。彼の面目躍如の活躍っぷりでストーリーがグングンとテンポ良く動いていく感じですね。ドリーとのパートナーシップも抜群に良く、またまた、ディズニー・ピクサーに名コンビ誕生と言ったところでしょうか。

話は逸れますが、本編に先駆けて流れる同時上映の『ひな鳥の冒険』が素晴らしいんですよ。思わずこちらのエンドロールで拍手しそうになりました。実写とアニメーションのギリギリの線を描く映像のクオリティと幼い命が恐怖心に打ち克って世界の美しさに目覚めるテーマ性を凝縮した至高の6分間でして、こちらも含めて本編も親目線で観れちゃってそれがギュンギュンくるんですよね。ドリーの両親の娘を思う気持ちとハンディキャップを持った者に対する接し方、すごい沁みます。もちろん、ひな鳥やドリーなどの当事者目線でも充分にノレますので、その辺りの懐の深さはさすがと言った感です。

両親が貝殻を並べて家までの道標を作り、いつ帰るともしれぬドリーを待つ。そして、感動の再会なんてベタですけれども、そんなベタベタな場面でやっぱりホロリとしてしまう自分に少し安堵しました。そして、例えばドリーのような記憶障害って自分や自分の両親の認知症、あるいは介護問題みたいな話にもつながってくると思いますし、ハンディキャップを持った人々との対し方、あるいはもし自分がハンディキャップを負ったとして、どう世界と向き合っていくかみたいな話もあると思うんでよね。エンドロールで流れる『Unforgettable』が胸の底にしんと深いものを残します。ちなみに、色々と意見のある八代亜紀さんはぼく的にはオーケーでしたよ。八代亜紀バージョンの『アンフォゲッタブル』もグッドでした。

同時上映の短編『ひな鳥の冒険』(原題:Piper)。出色のクオリティ。ひな鳥ちゃんがきゃわわなんです。

2016年7月22日金曜日

シング・ストリート 未来へのうた


Sing Street/2015年/アイルランド・イギリス・アメリカ合作/106分
監督 ジョン・カーニー
原案 ジョン・カーニー、サイモン・カーモディ
脚本 ジョン・カーニー
撮影 ヤーロン・オーバック
歌曲 ゲイリー・クラーク、ジョン・カーニー
音楽監修 ベッキー・ベンサム
主題歌 アダム・レビーン
出演 フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ルーシー・ボーイントン、マリア・ドイル・ケネディ、エイダン・ギレン、ジャック・レイナー、ケリー・ソーントン

映画に限らずいわゆる“ワナビーもの”が好きなんですよね。その業界や分野でのし上がっていくサクセス・ストーリーを描いたものとは違って、何者かになりたい!ここではないどこかへ!と、もがく言わば現状からの脱出の物語ですね。そういう意味で今作、大変に美味しくいただきました。素材の新鮮さを活かしたシンプルながらも勢いのある味付けで、至極まっとうな「ザ・青春映画」であったと思います。古今東西、バンドを始める動機は「女にモテたい」であって、主人公もそれに倣って仲間を募り音楽活動に勤しみながらヒロインを口説くわけですが、そこを縦軸に普遍的なティーンエイジャーの姿態が分かりやすくポジティブに描かれており、鑑賞後は良質な余韻に浸ることができました。

舞台は1985年のアイルランド、ダブリン。ぼくは音楽にはとんと疎いのですが、それでもMTV世代ではあり、80年代の洋楽には慣れ親しんでいると言っても良いでしょう。ただ、もうちょい後半の方ですね、MTVをリアルタイムで観て、当時はレコードかカセットテープだったレンタルソフトを借りて聴いていたのは。加えてブリティッシュ・ロックの類は多少趣味から外れていたため、今作で流れる曲はピンとくるものもあり、そうでないのもあり、と言った感じでした。どれもその時代に青春を過ごした者として何となく聞き覚え、あるいは懐かしみ、みたいなものはありましたけれど。それはともかく劇中で作詞作曲されるバンドの楽曲を含め、さすがに音楽は非常に質が高く、聴いていて心地良いものでした。音楽なしにはあり得ない映画ではありますが、その重要なキーである音楽のレベルが大変に高くそこは満足感を得られましたね。

演者さんたちの多くはオーディションで選ばれたようですが皆一様にナチュラルで好演でした。物語の性質上、脇を演じる人物のエピソードによる深掘りは出来ない為(そこは主人公とヒロインがクローズアップされている)、そのルックスとキャラ付けがはっきり一目でわかるようなキャスティングと演出がほどこされており、それが功を奏していたと思います。ぼくは主人公のお兄ちゃんを演じたジャック・レイナーがイチオシですね。若干24歳の注目の新星、今後の活躍が期待できる俳優さんですが、演技も素晴らしかったし、そもそもこのお兄ちゃん最高!って感じです。今作のキーワードである「ハッピー・サッド」をまさに体現しているのがこのお兄ちゃんですよね。ぼくもこんなお兄ちゃんが欲しかった、いや、実際はぼくは4歳離れた弟がいる長男ですから、こんなお兄ちゃんになりたかったと言うところでしょうか。ぼくの“ワナビー”ですね。今更、どうしようもないんですけれど。

前に述べたように往々にしてポジティブな側面を切り取って物語は進んでいくため、いささか話がトントン拍子過ぎるきらいもあり、ラストシーンもぼくは「イェーイ!」と言うよりは、その先にある様々な艱難辛苦を現実世界で舐めまくっているため意地悪に観てしまったり(と言うかあの船でイギリスまで辿り着けるのでしょうか)するのですが、それでもやっぱり今なお自分自身の胸の内にくすぶる“ワナビー”を刺激され、何となくここではないどこかへ連れて行ってくれるような気がして、切なくも甘い気持ちになるのでした。そしてまた、お兄ちゃんのことを思い出してはうるうるとしてしまうのです。ホント、割に主人公とヒロインのその後はどうでも良いんですけれど、お兄ちゃんには絶対幸せになって欲しい!

お兄ちゃん役のジャック・レイナー(左)。何となくクリス・プラットに似てます。今後に期待の注目株!

2016年7月15日金曜日

ペレ 伝説の誕生


Pele: Birth of a Legend/2016年/アメリカ/106分
監督 ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト
脚本 ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト
撮影 マシュー・リバティーク
音楽 A・R・ラフマーン
出演 ケビン・デ・パウラ、レオナルド・リマ・カルバーリョ、セウ・ジョルジ、マリアナ・ヌネシュ、ディエゴ・ボニータ、コルム・ミーニー、ビンセント・ドノフリオ

久方ぶりに観終わった後、爽快感の残る気持ちの良い感動をもたらしてくれた作品でした。ブラジルのスラム街で育つ貧しい少年ペレが、プロ入りをして活躍しながら、わずか17歳と言う年齢で1958年のワールドカップにおいてブラジルに優勝をもたらすまでを切り取ってドラマチックに描いた今作、まさにタイトル通り「伝説の誕生」に至るまでをクローズアップして構成されており、その按配加減が具合良く、非常にエモーショナルかつタイトな作品に仕上がっております。鑑賞後は、ジンガのリズムで道行く人をフェイントを交えた足さばきでかわしながら軽快な足取りで帰路につきました。

サッカーにはとんと疎いぼくでも、さすがに“サッカーの王様”ペレのことは見知ってはいました。とは言えその生い立ちはもちろん、物心ついた時にはすでに彼は引退しており、実際のプレーや活躍ぶり、その伝説に数々についてはほとんど存じあげませんでした。なので、そう言った意味で「へーそうだったんだ」と感心する部分は多々ありましたね。「ペレ」と言うのが愛称(もともとは蔑称)だったと言うことも初めて知った次第です。他にもサッカーにおいてなぜエースナンバーが背番号10番なのかとかですね。あと、ブラジル人にとってのサッカーの起源みたいな話も興味深かったです。カポエイラ→ジンガ→サッカーの流れだったんですね。

さながらミュージックビデオのように音楽に乗せてテンポ良く物語は進んでいき、106分の尺はあっという間です。原色の映えるブラジルの風景に光線の入れ具合が非常に良い画づくりも素敵でした。序盤のスラム街での洗濯物を丸めたボールを落とさないように蹴りあって遊ぶ場面は秀逸でしたし、マンゴーをサッカーボールに見立ててお父さんと練習するシークエンスも印象的でしたね。このお父さん役の俳優さんはすごく良かったです。お父さんも秀でたサッカー選手だったのですが、不幸な怪我により夢半ばで挫折し、スラム街でのトイレ掃除の仕事に身をやつしながらも、やはりサッカーが忘れられず、その才能を十二分に受け継いだ息子に夢を託す。まさに、このお父さんなしではペレの伝説は誕生しなかったわけですね。

この映画を観た後、ネットでペレについて調べてみたり、Youtubeで彼の往年のプレーを観たりしているうちに関連したサッカーのスーパープレー集なんかの動画を見入ってしまい結構な時間が過ぎていました。シンプルなスポーツだけに奥深いと言うか、今作でもヨーロッパスタイルに対するジンガサッカーみたいな描かれ方をされていましたけれども、こうしてその歴史を紐解いていくと面白いものですね。そして、やはりチームプレーとは言え圧倒した個の力と言うのは存在するようで、その象徴がペレと言うことなのでしょう。

ところで、個人的に今作でおいしかったところがひとつありまして、それはブラジル代表チームを率いるフェオラ監督を演じたビンセント・ドノフリオなのですね。ご存知、『フルメタル・ジャケット』の“微笑みデブ”なのですが、大好きなんですよね、この俳優さん。ちょくちょく良い感じの脇役で出てくるのでその度に、おおっ!となってしまいます。今作でもそのチャームをいかんなく発揮しておりまして、ファッションもすごく可愛いんですよ。しかも、今回は役柄も良い!途中で殺されたりしません。ヨーロッパスタイルのサッカー推しなのですが、やがてジンガサッカーを認め、美しいブラジルサッカーを魅せるんや!とロッカールームで熱く語る、情熱を内に秘めた燃える男を演じておりますのでファンの方は必見です!

ご本人さんもカメオ出演しております。その登場シーンで館内は笑いに包まれました。ぼくも思わず笑ってしまった。

2016年7月10日日曜日

日本で一番悪い奴ら


2016年/日本/135分
監督 白石和彌
原作 稲葉圭昭
脚本 池上純哉
撮影 今井孝博
音楽 安川午朗
出演 綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄、矢吹春奈、瀧内公美、ピエール瀧、中村獅童、白石糸

2013年のマイベストムービーに選出した『凶悪』の白石和彌監督、待望の最新作と言うことで大変楽しみにしておりました。今回は一体どんな作品を「ぶっこんで」くれるのか、浮足立って劇場に足を運んだところ、期待に違わず素晴らしい1本をぶっこんでいただき非常に満足しているところです。今作、『凶悪』と同様、いわゆるクライムムービーなのですが、より一層エンタメ色が強くなっており、笑いどころや泣きどころもふんだん。レイティングはR15+ながら、ぜひご覧いただきたいおススメの傑作となっております。それにしても、今年の邦画はハズレがないですね。

ストーリーのベースとなる「稲葉事件」は、梶本レイコ先生の大傑作BLコミック『コオリオニ』(コチラもBLの枠を超えた、しかしBLでなくては成しえないファンならずとも必読の1冊ですよ)で見知っており、今ちょうど原作となった稲葉圭昭その人による告白本『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』も読んでいるところ。いわゆる汚職警官ものなのですが、朴訥とした北海道の柔道青年が刑事となり、数々の手柄を立て功績を残すさなか、やがて悪事に手を染め果ては覚せい剤に溺れていくまでを時系列に昭和の映画さながら物語っていく運びとなっております。

まず、語られるべきは主演の綾野剛でしょう。第15回ニューヨーク・アジア映画祭でライジング・スター賞を受賞されたとの報が先日入ってきましたが、恐らくは今後、日本においても数々の賞を受賞すると思います。それに相応しい渾身の演技でした。押忍!で世渡りする世間知らずの朴訥とした柔道青年から、ピエール瀧演じる先輩刑事に手解きを受けてヤクザの世界に入り込んでいき、それこそヤクザさながらのルックスと態度でのし上がっていく悪徳ぶり、そして僻地へ飛ばされ覚せい剤に手を染めたその中毒患者っぷりまで演技のグラデーションが素晴らしかったです。初めて、覚せい剤を打った時のリアクションなんか鬼気迫る感じで思わず見入りましたね。あと、個人的には序盤のセックスシーンで後背位でガンガン腰を振りながらの決意表明、ってのが好きでした。

キャスティングもおしなべて良いですよね。ピエール瀧なんか『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のマシュー・マコノヒーを彷彿とさせる贅沢な使い方でしたし、YOUNG DAISとパキスタン人を演じたデニスの槙野行雄のコンビも笑いはもちろん悲哀を感じさせて良かった。中村獅童も真骨頂って感じの役どころです。ただひとつ、TKOの木下はいささかやりすぎかな。「あ、TKOの木下だ」と雑念が入っちゃって、ちょっとテンション下がりました。でも、俳優さんの名前は存じ上げませんが北海道警や税関などの脇を固める面々も非常にそれっぽさがありつつ味のあるお芝居をしていて、うまいなあと感じ入った次第です。

135分と言う長尺ですが、綾野剛の気合の入った演技と、俄かには信じがたい実話を基にしたストーリーがジェットコースターさながらに展開される語り口、そして、タイトル通り日本で一番悪い奴らは誰なのか(悪い「奴」ではありません。悪い「奴ら」なのです)、など飽きさせない作りで一気に観終わり、そして終わった後は何とも苦い味が口に残る、さすが白石和彌監督のぶっこみ具合が最高な出来となっておりますので、ぜひ劇場に足を運んでご覧ください!併せて『コオリオニ』も読んでね。覚せい剤はやめよう!もちろん、銃の不法所持も。

刑事の何たるかを教授中です。曰く、「ぐっちょんぐっちょんになりゃ良いんだよ」。

2016年7月1日金曜日

帰ってきたヒトラー


Er ist Wieder da/2015年/ドイツ/116分
監督 デビッド・ベンド
原作 ティムール・ベルメシュ
脚本 デビッド・ベンド
撮影 ハンノ・レンツ
音楽 エニス・ロトホフ
出演 オリバー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルブスト、カーチャ・リーマン、フランツィシカ・ウルフ、ラルス・ルドルフ、トマス・ティーマ

奇しくもイギリスで国民投票によりEU離脱の決が出たその日に鑑賞してきました。イギリスのみならず、もちろんドイツでも、そしてヨーロッパ諸国が移民問題で揺れる最中、このタイミングの鑑賞はまさにタイムリーでホットな体験となりました。予告編を見た限りではスラップスティックなコメディ色の強い作品なのかな、とあたりをつけていましたが、意外や意外、社会派ホラーとも言うべき世にも恐ろしい物語でした。

ヒトラーが現代にタイムスリップしたら、と言う奇抜なアイデアから始まる映画冒頭からクリーニング屋さんでのドタバタなど確かに笑えるエピソードが盛り込まれ、館内のお客さんからも笑い声が漏れていましたが、いざ映画が終わってみるとその笑顔は凍りつき、しんと静まり返ると言う通り一遍の風刺劇を超えた恐ろしさがこみ上げてくる仕上がりとなっております。

一見、ヒトラーが魅力的に、愛くるしささえ覚えるほどの人物に描かれているように感じますし、その弁舌に映画の中の聴衆も、そしてスクリーンのこちら側の観客である我々さえも魅了されるほどです。しかし、やはり彼はぼくが知っている歴史の中のあの“アドルフ・ヒトラー”なのです。彼自身は全くぶれていません。ぶれていくのは我々の方なのですね。一番恐ろしかった台詞は、曰く「私が国民を扇動したのではない。国民が私を選んだのだ」ってやつです。

そして、この映画が恐ろしいのはその普遍性です。まったくドイツに限った話ではなく、欧米諸国はもちろんのこと、遠く離れた我々の住むこの日本でも充分に起こり得る(あるいは実際に起こった)戦争の悲劇、生み出し得るであろう歪んだ英雄である独裁者。今作は人々がいかにしてアジテーションされ、いかにしてナショナリズムが形成され、いかにして独裁者が生み出されていくかを、ものすごく巧みな構成で、ブラックユーモアと痛烈な風刺劇を身にまとい、我々に提示してくれたと思います。

ヒトラーを演じたオリバー・マスッチさん、いささか大柄ですが風貌はもちろんのこと、そのたたずまいから身振り手振りを交えた話しぶり、内に秘める狂気まで孕みつつ、渾身の演技でした。ずいぶんと役作りを研究されたと思いますし、この役を引き受け全うしたその勇気に拍手です。原作は大ベストセラーとなった同名の小説と言うことでこちらもぜひ読んでみたいですね。それにしても、ドイツの方々(に限った話ではないですが)、ワンちゃんが大好きなんですね。ヒトラーも大の犬好きだったようですが…。

随分と似ているなと思ったら、役作りの他に特殊メイクも施しているようですね。

2016年6月24日金曜日

クリーピー 偽りの隣人


2016年/日本/130分
監督 黒沢清
原作 前川裕
脚本 黒沢清、池田千尋
撮影 芦澤明子
音楽 羽深由理
出演 西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之、藤野涼子、戸田昌宏、馬場徹、最所美咲、笹野高史

ぼくが黒沢清監督のフィルモグラフィの内、観たことあるのは『リアル~完全なる首長竜の日~』、そして、前田敦子主演の『Seventh Code』の2本だけです。いずれもそこそこ楽しんだのですが、それ以上に黒沢清と言う監督の作家性に触れた記憶が鮮明に残っています。もちろん、なんとなく感触を掴んだ程度のものではありますが。

さて、今作ですが実は鑑賞直後はうーんと頭を抱えてしまいまして。前半から中盤にかけてはその独特なカメラワーク、照明と緻密に計算された演出に「おお、すげえ…不穏だ」とワクワクとゾクゾクの寄せては返す波に揺られて前のめりにスクリーンに入り込んでいたのですが、後半からエンディングに向けてあまりの脚本の破綻ぶりに、また、過積載で捕まること間違いなしの満載の突っ込みどころに頭がくらくらしてしまいまして、かてて加えて何とも後味の悪い結末なだけに、エンドロールが流れ出した瞬間、席を立ってしまったほどでした。

そんな、いらいらともやもやを抱えたまま家路につき、ウィスキーを飲みながらこれはどう感想をしたためたものかと頭を悩ませていたところ、はたと「いやいや、これはスゴイ映画かもしれない」との思いにぶち当たったのですね。一応はミステリーっちゅうかサスペンスホラーみたいなくくりの映画なんですけれど、散りばめられた伏線は回収されないし、謎は謎のまま残ります。人物や人間関係の背景も深くは描かれません。エンディングも「は?」ってなります(ぼくの場合は)。しかし、黒沢清監督はそんなことを説明するつもりはないんだ、そもそも、ストーリーを語ることによって作品を成立させようとはしてないんだ、という所からこの映画は始まると思います。

タイトルの“クリーピー(creepy)”を辞書で引くと「(恐怖・嫌悪などで)ぞくぞくする、ぞっとする、身の毛がよだつ」などとあります。a creepy storyだと「気味の悪い話」ですね。その形容そのもの、形を持たないそのぞっとするさま、それ自体を映像として、映画としてものしようとしたのではないかと考えました。あるいは、ストーリーテラーとしてではなく映像作家としてより際立つ黒沢清監督の資質がいかんなく発揮されたマスターピースとも言えるのではないでしょうか。褒め過ぎかもしれませんし、一つだけはっきりお伝えしておきますが、商業映画として、あるいは娯楽映画として普通の人が普通に観れば酷評されてもやむを得ん仕上がりではあります。あくまで黒沢清監督作品と言う鍵括弧付きの素晴らしさですね。

あと、これはこの映画を観た誰しもが認めるところでしょうが香川照之の怪演が出色でしたね。ぶっちゃけこの不気味な隣人、西野を演じる香川照之ありきの映画であると言っても過言ではありません。主人公の元刑事で現在は大学で犯罪心理学の教鞭をとる高倉を演じる西島秀俊、ぼくは演技するこの俳優さんを今作で初めてまともに拝見したのですが、いささか棒っぽいですよね。その妻を演じる竹内結子も何やら仰々しい芝居でした。しかし、この演技のある種の不自然さも何となく作品が醸し出す不穏な空気とマッチしてそれはそれで良かったです。

ご想像通り、香川照之がサイコパス役なんですが、それはもとより西島秀俊も相当なサイコでしたよ。犯罪心理学者らしからぬ情緒不安定っぷりだし、連続殺人犯のスケールの大きさを例に、さすがアメリカですね!とか嬉々として教壇で語ってるし。竹内結子も「昨日のシチュー余っちゃったんで」とか言って変な透明のどでかいボウルになみなみとシチューをよそって持ってきたりとか。東出昌大が演じる野上刑事の距離の詰め方も怖いものがあります。とにかく出てくる登場人物が程度の差こそあれおしなべて変なんですよ。遠景のショットで背景にモブが映りこむシーンが多々あるんですけれど、それもものすごく不自然かつ変な感じで文字通り気味が悪い。この映画のもう一つの主人公である“家”。無機物であるそれらでさえ奇妙な感じがスクリーンから漂ってきて恐怖を覚えます。

第15回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕による原作小説の『クリーピー』、こちらもぜひ読んでみたいところです。映画とはストーリーも含めて違うテイストになっているようで、併せて楽しみたいですね。謎はきちんと解明されているのでしょうか。いずれにせよ、今作については賛否両論あるのは間違いないでしょうし、とは言え失敗作、駄作の烙印を押して済ませてしまうのはもったいなさすぎる。手放しで褒めて制作サイドをスポイルしてしまうのではないかとの懸念も覚えますが、黒沢清は一見さんお断りだよ!と突き放してしまうのもいかがなものかと思います。商業映画と作家性のライン際をひた走る黒沢清と言う稀有な映画監督の提示する今現在の邦画がそれこそ世界に通用せんとして放つオーラっちゅうかパワーみたいなものと、そのクオリティを感じるためにもぜひとも観ておいて損はない作品かと思います。

今作が映画出演2本目となる藤野涼子ちゃんの好演が光りました。堂々としたもんです。「あの人、お父さんじゃありません。皆さんおなじみの香川照之です」

2016年6月17日金曜日

デッドプール


Deadpool/2016年/アメリカ/108分
監督 ティム・ミラー
脚本 レット・リース、ポール・ワーニック
撮影 ケン・セング
音楽 トム・ホルケンボルフ
出演 ライアン・レイノルズ、モリーナ・バッカリン、エド・スクレイン、T・J・ミラー、ジーナ・カラーノ、ブリアナ・ヒルデブランド、ステファン・カビチッチ(コロッサス/声)

Twitterのタイムラインをはじめネット上での前評判も賑わしく、いざ公開となるとネタバレめいたものも散見されるようになったため、これはいかん!と早々に劇場に足を運んでIMAX字幕版で鑑賞し、今週のムービーウォッチメンで取り上げられると言うことで、さらに通常字幕版で2回目の鑑賞をしてまいりました。残念ながら都合のつく時間と場所で吹替え版の上映がなかったのでコチラはDVDの発売までお預けとなりますね。吹替え版の出来も上々のようで楽しみにしております。

今作、至極シンプルなストーリーながら時系列をシャッフルして構成されており、観客を飽きさせない作りになっていてまずそこに感心します。そして、低予算をものともせず自虐ネタで嘲笑い、なんと言っても第四の壁(あるシーンでは第十六の壁!)を悠々と超えて小ネタを散りばめしゃべくりまくる型破りなヒーロー、デッドプールの活躍ぶりをたっぷりと楽しみました。ライアン・レイノルズも苦労の末にようやく当たり役と巡り合えて良かったですね。近頃、マーベルやDCとヒーローものを観る機会が多かったのですが、やはり成熟期を迎えてどうしてもシリアスになりがち。そこへ来て、肩ひじ張らずにけらけらと笑いながら安心して観ていられるヒーローの登場はフレッシュでしたね。

1回目の鑑賞の折、劇場に何人かグループの外国の観客の方がいらっしゃいまして、恐らくは映画全般に限らずマーベルに造詣の深い感じだったのですね。それで、やっぱりデッドプールのしゃべくりやら登場する小道具的な小ネタにどっかんどっかんリアクションして爆笑しているわけです。それで、ぼくも良く意味が分からないけれどつられてちょっと遅れたタイミングで爆笑すると言うホットな体験がありまして。あー英語がもっと理解できたらなあ、と思う瞬間でした。ぼくは、デッドプールがコロッサスをボコろうとして逆に手足がバッキバッキに折れちゃうシーンが大爆笑だったのですが、あそこの「Oh...Canada!」(字幕では「カナダかよ!」)ってネタが笑ったけれど意味が分からなかったのですよ。それで、早速ネットで調べてみたら「あーそういうことか」ってなって、Yahoo!知恵袋さまさまでした。

そんな風にして、2回目の鑑賞はあらかじめ1回目で理解できなかったネタや気づけなかったネタなどを予習して臨んだので、また違った意味で面白く鑑賞することができました。これは1回目から分かりましたけれど、リーアム・ニーソン『96時間』ネタは鉄板ですね。この作品以外でもちょいちょいいじられていると思うのですけれど、映画人のリーアム・ニーソン愛を彷彿とさせます。次回作とかカメオで出てくれないかな。そう、今回のヒットでどうやら次回作の制作も決まったようです。今作はいわゆるデッド・プール誕生編と言うことで、108分の尺ながらそこに時間を割くシークエンスが割に長く、また低予算の為、映像的に粗が目立つ部分も確かにあったのですが、次作ではその辺りはクリアするでしょうから、さらに突き抜けたデッドプールを観せてくれるものと思います。

音楽も良かったですね。ぼくは鑑賞後ずっと通勤の時間にDMXの「X Gon' Give It toYa」を聴いています。なんかこう、テンションが上がってきますよね。Wham!の「Careless Whisper」の使い所も最高です。ぼくは音楽には疎いのですが、そっち方面のネタも散りばめられているようですね。でも、音楽に限らず、いろいろな元ネタが理解できなくても十分に楽しめますし、レイティングがR15+とは言え、そこまでどぎついグロ描写もないような気がします。エロネタも大人として充分にニンマリできる範囲なので、たまにはリラックスしてヒーローもの(もちろん、デッドプール曰くラブストーリーとしても)を楽しみたい方は、ぜひアツいうちに劇場でご覧いただくことをオススメします!

エックスゴンギビトゥヤ!ヒゴンギビトゥヤ!このシーン、テンション上がった後の大爆笑があります。