2016年7月22日金曜日

シング・ストリート 未来へのうた


Sing Street/2015年/アイルランド・イギリス・アメリカ合作/106分
監督 ジョン・カーニー
原案 ジョン・カーニー、サイモン・カーモディ
脚本 ジョン・カーニー
撮影 ヤーロン・オーバック
歌曲 ゲイリー・クラーク、ジョン・カーニー
音楽監修 ベッキー・ベンサム
主題歌 アダム・レビーン
出演 フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ルーシー・ボーイントン、マリア・ドイル・ケネディ、エイダン・ギレン、ジャック・レイナー、ケリー・ソーントン

映画に限らずいわゆる“ワナビーもの”が好きなんですよね。その業界や分野でのし上がっていくサクセス・ストーリーを描いたものとは違って、何者かになりたい!ここではないどこかへ!と、もがく言わば現状からの脱出の物語ですね。そういう意味で今作、大変に美味しくいただきました。素材の新鮮さを活かしたシンプルながらも勢いのある味付けで、至極まっとうな「ザ・青春映画」であったと思います。古今東西、バンドを始める動機は「女にモテたい」であって、主人公もそれに倣って仲間を募り音楽活動に勤しみながらヒロインを口説くわけですが、そこを縦軸に普遍的なティーンエイジャーの姿態が分かりやすくポジティブに描かれており、鑑賞後は良質な余韻に浸ることができました。

舞台は1985年のアイルランド、ダブリン。ぼくは音楽にはとんと疎いのですが、それでもMTV世代ではあり、80年代の洋楽には慣れ親しんでいると言っても良いでしょう。ただ、もうちょい後半の方ですね、MTVをリアルタイムで観て、当時はレコードかカセットテープだったレンタルソフトを借りて聴いていたのは。加えてブリティッシュ・ロックの類は多少趣味から外れていたため、今作で流れる曲はピンとくるものもあり、そうでないのもあり、と言った感じでした。どれもその時代に青春を過ごした者として何となく聞き覚え、あるいは懐かしみ、みたいなものはありましたけれど。それはともかく劇中で作詞作曲されるバンドの楽曲を含め、さすがに音楽は非常に質が高く、聴いていて心地良いものでした。音楽なしにはあり得ない映画ではありますが、その重要なキーである音楽のレベルが大変に高くそこは満足感を得られましたね。

演者さんたちの多くはオーディションで選ばれたようですが皆一様にナチュラルで好演でした。物語の性質上、脇を演じる人物のエピソードによる深掘りは出来ない為(そこは主人公とヒロインがクローズアップされている)、そのルックスとキャラ付けがはっきり一目でわかるようなキャスティングと演出がほどこされており、それが功を奏していたと思います。ぼくは主人公のお兄ちゃんを演じたジャック・レイナーがイチオシですね。若干24歳の注目の新星、今後の活躍が期待できる俳優さんですが、演技も素晴らしかったし、そもそもこのお兄ちゃん最高!って感じです。今作のキーワードである「ハッピー・サッド」をまさに体現しているのがこのお兄ちゃんですよね。ぼくもこんなお兄ちゃんが欲しかった、いや、実際はぼくは4歳離れた弟がいる長男ですから、こんなお兄ちゃんになりたかったと言うところでしょうか。ぼくの“ワナビー”ですね。今更、どうしようもないんですけれど。

前に述べたように往々にしてポジティブな側面を切り取って物語は進んでいくため、いささか話がトントン拍子過ぎるきらいもあり、ラストシーンもぼくは「イェーイ!」と言うよりは、その先にある様々な艱難辛苦を現実世界で舐めまくっているため意地悪に観てしまったり(と言うかあの船でイギリスまで辿り着けるのでしょうか)するのですが、それでもやっぱり今なお自分自身の胸の内にくすぶる“ワナビー”を刺激され、何となくここではないどこかへ連れて行ってくれるような気がして、切なくも甘い気持ちになるのでした。そしてまた、お兄ちゃんのことを思い出してはうるうるとしてしまうのです。ホント、割に主人公とヒロインのその後はどうでも良いんですけれど、お兄ちゃんには絶対幸せになって欲しい!

お兄ちゃん役のジャック・レイナー(左)。何となくクリス・プラットに似てます。今後に期待の注目株!

2016年7月15日金曜日

ペレ 伝説の誕生


Pele: Birth of a Legend/2016年/アメリカ/106分
監督 ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト
脚本 ジェフ・ジンバリスト、マイケル・ジンバリスト
撮影 マシュー・リバティーク
音楽 A・R・ラフマーン
出演 ケビン・デ・パウラ、レオナルド・リマ・カルバーリョ、セウ・ジョルジ、マリアナ・ヌネシュ、ディエゴ・ボニータ、コルム・ミーニー、ビンセント・ドノフリオ

久方ぶりに観終わった後、爽快感の残る気持ちの良い感動をもたらしてくれた作品でした。ブラジルのスラム街で育つ貧しい少年ペレが、プロ入りをして活躍しながら、わずか17歳と言う年齢で1958年のワールドカップにおいてブラジルに優勝をもたらすまでを切り取ってドラマチックに描いた今作、まさにタイトル通り「伝説の誕生」に至るまでをクローズアップして構成されており、その按配加減が具合良く、非常にエモーショナルかつタイトな作品に仕上がっております。鑑賞後は、ジンガのリズムで道行く人をフェイントを交えた足さばきでかわしながら軽快な足取りで帰路につきました。

サッカーにはとんと疎いぼくでも、さすがに“サッカーの王様”ペレのことは見知ってはいました。とは言えその生い立ちはもちろん、物心ついた時にはすでに彼は引退しており、実際のプレーや活躍ぶり、その伝説に数々についてはほとんど存じあげませんでした。なので、そう言った意味で「へーそうだったんだ」と感心する部分は多々ありましたね。「ペレ」と言うのが愛称(もともとは蔑称)だったと言うことも初めて知った次第です。他にもサッカーにおいてなぜエースナンバーが背番号10番なのかとかですね。あと、ブラジル人にとってのサッカーの起源みたいな話も興味深かったです。カポエイラ→ジンガ→サッカーの流れだったんですね。

さながらミュージックビデオのように音楽に乗せてテンポ良く物語は進んでいき、106分の尺はあっという間です。原色の映えるブラジルの風景に光線の入れ具合が非常に良い画づくりも素敵でした。序盤のスラム街での洗濯物を丸めたボールを落とさないように蹴りあって遊ぶ場面は秀逸でしたし、マンゴーをサッカーボールに見立ててお父さんと練習するシークエンスも印象的でしたね。このお父さん役の俳優さんはすごく良かったです。お父さんも秀でたサッカー選手だったのですが、不幸な怪我により夢半ばで挫折し、スラム街でのトイレ掃除の仕事に身をやつしながらも、やはりサッカーが忘れられず、その才能を十二分に受け継いだ息子に夢を託す。まさに、このお父さんなしではペレの伝説は誕生しなかったわけですね。

この映画を観た後、ネットでペレについて調べてみたり、Youtubeで彼の往年のプレーを観たりしているうちに関連したサッカーのスーパープレー集なんかの動画を見入ってしまい結構な時間が過ぎていました。シンプルなスポーツだけに奥深いと言うか、今作でもヨーロッパスタイルに対するジンガサッカーみたいな描かれ方をされていましたけれども、こうしてその歴史を紐解いていくと面白いものですね。そして、やはりチームプレーとは言え圧倒した個の力と言うのは存在するようで、その象徴がペレと言うことなのでしょう。

ところで、個人的に今作でおいしかったところがひとつありまして、それはブラジル代表チームを率いるフェオラ監督を演じたビンセント・ドノフリオなのですね。ご存知、『フルメタル・ジャケット』の“微笑みデブ”なのですが、大好きなんですよね、この俳優さん。ちょくちょく良い感じの脇役で出てくるのでその度に、おおっ!となってしまいます。今作でもそのチャームをいかんなく発揮しておりまして、ファッションもすごく可愛いんですよ。しかも、今回は役柄も良い!途中で殺されたりしません。ヨーロッパスタイルのサッカー推しなのですが、やがてジンガサッカーを認め、美しいブラジルサッカーを魅せるんや!とロッカールームで熱く語る、情熱を内に秘めた燃える男を演じておりますのでファンの方は必見です!

ご本人さんもカメオ出演しております。その登場シーンで館内は笑いに包まれました。ぼくも思わず笑ってしまった。

2016年7月10日日曜日

日本で一番悪い奴ら


2016年/日本/135分
監督 白石和彌
原作 稲葉圭昭
脚本 池上純哉
撮影 今井孝博
音楽 安川午朗
出演 綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄、矢吹春奈、瀧内公美、ピエール瀧、中村獅童、白石糸

2013年のマイベストムービーに選出した『凶悪』の白石和彌監督、待望の最新作と言うことで大変楽しみにしておりました。今回は一体どんな作品を「ぶっこんで」くれるのか、浮足立って劇場に足を運んだところ、期待に違わず素晴らしい1本をぶっこんでいただき非常に満足しているところです。今作、『凶悪』と同様、いわゆるクライムムービーなのですが、より一層エンタメ色が強くなっており、笑いどころや泣きどころもふんだん。レイティングはR15+ながら、ぜひご覧いただきたいおススメの傑作となっております。それにしても、今年の邦画はハズレがないですね。

ストーリーのベースとなる「稲葉事件」は、梶本レイコ先生の大傑作BLコミック『コオリオニ』(コチラもBLの枠を超えた、しかしBLでなくては成しえないファンならずとも必読の1冊ですよ)で見知っており、今ちょうど原作となった稲葉圭昭その人による告白本『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』も読んでいるところ。いわゆる汚職警官ものなのですが、朴訥とした北海道の柔道青年が刑事となり、数々の手柄を立て功績を残すさなか、やがて悪事に手を染め果ては覚せい剤に溺れていくまでを時系列に昭和の映画さながら物語っていく運びとなっております。

まず、語られるべきは主演の綾野剛でしょう。第15回ニューヨーク・アジア映画祭でライジング・スター賞を受賞されたとの報が先日入ってきましたが、恐らくは今後、日本においても数々の賞を受賞すると思います。それに相応しい渾身の演技でした。押忍!で世渡りする世間知らずの朴訥とした柔道青年から、ピエール瀧演じる先輩刑事に手解きを受けてヤクザの世界に入り込んでいき、それこそヤクザさながらのルックスと態度でのし上がっていく悪徳ぶり、そして僻地へ飛ばされ覚せい剤に手を染めたその中毒患者っぷりまで演技のグラデーションが素晴らしかったです。初めて、覚せい剤を打った時のリアクションなんか鬼気迫る感じで思わず見入りましたね。あと、個人的には序盤のセックスシーンで後背位でガンガン腰を振りながらの決意表明、ってのが好きでした。

キャスティングもおしなべて良いですよね。ピエール瀧なんか『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のマシュー・マコノヒーを彷彿とさせる贅沢な使い方でしたし、YOUNG DAISとパキスタン人を演じたデニスの槙野行雄のコンビも笑いはもちろん悲哀を感じさせて良かった。中村獅童も真骨頂って感じの役どころです。ただひとつ、TKOの木下はいささかやりすぎかな。「あ、TKOの木下だ」と雑念が入っちゃって、ちょっとテンション下がりました。でも、俳優さんの名前は存じ上げませんが北海道警や税関などの脇を固める面々も非常にそれっぽさがありつつ味のあるお芝居をしていて、うまいなあと感じ入った次第です。

135分と言う長尺ですが、綾野剛の気合の入った演技と、俄かには信じがたい実話を基にしたストーリーがジェットコースターさながらに展開される語り口、そして、タイトル通り日本で一番悪い奴らは誰なのか(悪い「奴」ではありません。悪い「奴ら」なのです)、など飽きさせない作りで一気に観終わり、そして終わった後は何とも苦い味が口に残る、さすが白石和彌監督のぶっこみ具合が最高な出来となっておりますので、ぜひ劇場に足を運んでご覧ください!併せて『コオリオニ』も読んでね。覚せい剤はやめよう!もちろん、銃の不法所持も。

刑事の何たるかを教授中です。曰く、「ぐっちょんぐっちょんになりゃ良いんだよ」。

2016年7月1日金曜日

帰ってきたヒトラー


Er ist Wieder da/2015年/ドイツ/116分
監督 デビッド・ベンド
原作 ティムール・ベルメシュ
脚本 デビッド・ベンド
撮影 ハンノ・レンツ
音楽 エニス・ロトホフ
出演 オリバー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルブスト、カーチャ・リーマン、フランツィシカ・ウルフ、ラルス・ルドルフ、トマス・ティーマ

奇しくもイギリスで国民投票によりEU離脱の決が出たその日に鑑賞してきました。イギリスのみならず、もちろんドイツでも、そしてヨーロッパ諸国が移民問題で揺れる最中、このタイミングの鑑賞はまさにタイムリーでホットな体験となりました。予告編を見た限りではスラップスティックなコメディ色の強い作品なのかな、とあたりをつけていましたが、意外や意外、社会派ホラーとも言うべき世にも恐ろしい物語でした。

ヒトラーが現代にタイムスリップしたら、と言う奇抜なアイデアから始まる映画冒頭からクリーニング屋さんでのドタバタなど確かに笑えるエピソードが盛り込まれ、館内のお客さんからも笑い声が漏れていましたが、いざ映画が終わってみるとその笑顔は凍りつき、しんと静まり返ると言う通り一遍の風刺劇を超えた恐ろしさがこみ上げてくる仕上がりとなっております。

一見、ヒトラーが魅力的に、愛くるしささえ覚えるほどの人物に描かれているように感じますし、その弁舌に映画の中の聴衆も、そしてスクリーンのこちら側の観客である我々さえも魅了されるほどです。しかし、やはり彼はぼくが知っている歴史の中のあの“アドルフ・ヒトラー”なのです。彼自身は全くぶれていません。ぶれていくのは我々の方なのですね。一番恐ろしかった台詞は、曰く「私が国民を扇動したのではない。国民が私を選んだのだ」ってやつです。

そして、この映画が恐ろしいのはその普遍性です。まったくドイツに限った話ではなく、欧米諸国はもちろんのこと、遠く離れた我々の住むこの日本でも充分に起こり得る(あるいは実際に起こった)戦争の悲劇、生み出し得るであろう歪んだ英雄である独裁者。今作は人々がいかにしてアジテーションされ、いかにしてナショナリズムが形成され、いかにして独裁者が生み出されていくかを、ものすごく巧みな構成で、ブラックユーモアと痛烈な風刺劇を身にまとい、我々に提示してくれたと思います。

ヒトラーを演じたオリバー・マスッチさん、いささか大柄ですが風貌はもちろんのこと、そのたたずまいから身振り手振りを交えた話しぶり、内に秘める狂気まで孕みつつ、渾身の演技でした。ずいぶんと役作りを研究されたと思いますし、この役を引き受け全うしたその勇気に拍手です。原作は大ベストセラーとなった同名の小説と言うことでこちらもぜひ読んでみたいですね。それにしても、ドイツの方々(に限った話ではないですが)、ワンちゃんが大好きなんですね。ヒトラーも大の犬好きだったようですが…。

随分と似ているなと思ったら、役作りの他に特殊メイクも施しているようですね。