2016年5月28日土曜日

ディストラクション・ベイビーズ


2016年/日本/108分
監督 真利子哲也
脚本 真利子哲也、喜安浩平
撮影 佐々木靖之
音楽 向井秀徳
出演 柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎、池松壮亮、北村匠海、三浦誠己、でんでん

昔から旬のものを食べると寿命が75日延びるとか言いますよね。今の時期なら初鰹をきりりと冷えた日本酒をキュッとやりながら頂きたいところです。今作、まさに今しか観ることができないであろう、現在の邦画界を背負って立つ若手俳優の旬の演技をたっぷりと美味しく頂戴できる傑作となっております

わけても主演の柳楽優弥。わずか14歳でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞した是枝裕和監督『誰も知らない』での主演から早12年余り、紆余曲折を経つつもその存在感と卓越した演技力で最近は多数の作品に出演しておりますが、今作においても言わば神懸かり的な演技で観客の目を捉えて離しません。作品を通して台詞はほんの数行でしょう。しかし、ほとばしるエネルギーとカリスマティックな存在感、まとわりつくようでありながらもキレのあるアクションで大変に説得力があり、彼なしではこの作品たり得なかったと言っても過言ではないと思います。

そして、菅田将暉くんの相変わらずの役者ぶり。うまいんですよねえ。最低のクズ男を演じているのですが、これが本当に観ているこちらが心底胸が悪くなるほどのクズっぷりで、こいつ殺してやりたい!死ねばよいのに!と思うほどそちら方面に感情移入させてくれます。序盤、キュートな感じで出てくるのでなおさらですね。もちろん、彼も柳楽優弥演じる芦原の狂気に取り込まれて(あるいは内なる狂気を引き出されて)セルフコントロールを失ってしまう、いわゆる自我が形成されていない不幸な若者の一人ではあるのですが。

もう一人、紅一点の小松奈菜なんですが、ぼくが彼女をスクリーンで拝見する折にはだいたいが人工的な美少女と言うそのルックスに依って立つ役どころだったのです。すんごい綺麗だし魅力的なのですがイマイチ面白味に欠けるな、と言うのが今までの印象でした。ところが今作の那奈役、明らかに一皮剥けたというかワンランクステージが上がったお芝居を見せてくれました。すごく人間臭い、人間味のある演技で、内に秘めた邪悪さと爆発する激しい野生の両面を文字通り身体を擲つように演じています。この女優さんに対する評価がものすごく高まった一本でもありました。

映画はありていに言って暴力を描いています。と言うか、ほぼそれ以外何も描いていません(そのタイトルを彷彿とさせる村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』でモチーフとなる兄弟愛はほんのりベースにありますが)。オチもありませんし、さしたるドライブもしません。全編を路上でのファイトシーンが占めますが、カタルシスを得られるかどうかは人によるでしょう。ぼくは、向井秀徳が唄う主題歌が流れるエンドロールを眺めながらふと深い悲しみに襲われました。そう、音楽は向井秀徳が担当しているのですが、冒頭のノイジーなギターリフから始まり、なかなか格好良くてしびれましたよ。

ファイトシーンについてですが、いわゆる昨今のスポーツアクション的なものではなく、路上で素人の殴り合い見かけたらあんなのなんだろうなあと言うリアルさがあります。人を殴打したり蹴ったりする際の効果音もペチッとかビシッみたいに割にマジで痛そうな感じ(本当に当ててるのかなと思っちゃいます)で、カメラも遠景で俯瞰的に撮っているのですごい目撃者感がありそういう意味でも新しい暴力描写の発見みたいな手応えはありました。個人的には初めて北野武の映画に触れた時のような衝撃かもしれません。

『ズートピア』みたいな感じで人に勧めるのは憚られますが、まあ俳優陣の旬の演技が観たい、あるいは現在語られ得る青春群像劇の一つの形を捉えておきたい、または単なる向井秀徳ファン、みたいな人はぜひ劇場へ足を運んでご覧になったほうが良いと思います。賛否両論あるでしょうが、ぼくは非常に好みの作品でしたね。あ、ちなみにぼくは街でストリートファイトを見かけたら(あるいは仕掛けられたら)、100メートル10秒台で走って逃げるタイプです、悪しからず。

池松っつあんもチョイ役で出演しています。

2016年5月18日水曜日

アイアムアヒーロー


2016年/日本/127分
監督 佐藤信介
原作 花沢健吾
脚本 野木亜紀子
撮影監督 河津太郎
特撮 神谷誠
特殊メイク、特殊造形統括 藤原カクセイ
音楽プロデューサー 志田博英
音楽 Nima Fakhrara
音楽コーディネーター 杉田寿宏
出演 大泉洋、有村架純、長澤まさみ、吉沢悠、岡田義徳、片瀬那奈、片桐仁、マキタスポーツ、塚地武雄、徳井優、風間トオル

原作は随分前に途中まで読んで、そのままですね。ちょうど、今作の後半のメイン舞台となるショッピングモールのパートの導入部の辺りだったと思います。ですので、そこそこの先入観を持ちつつ映画に臨みましたが、違和感なく物語に入っていきつつそれなりに楽しんで鑑賞を終えることが出来ました。

ただ、手放しで面白かったと言うわけでもなく、前半こそ引き込まれたものの後半はいささか首を捻り、終わってみればうーんもうちょっと面白くなったんじゃないかな、惜しい!と言うのが正直な感想でございます。ぼくは、さほどゾンビ映画に造詣も深くなくこの手のジャンルが得意と言うわけでもなし、また、いわゆるグロ描写もどちらかと言うと苦手なたちなので、ゾンビ映画としてこの作品のどうこうっちゅうのを語ることはできません。また、邦画としては出色な出来であろうその人体破壊描写の数々も「うへえ、すげえ」とは思ったものの、ああいうのもあれですね見慣れちゃうものですね。

淡々とした日常が徐々に壊れていく冒頭から、高速道路上で大クラッシュが巻き起こるまでの前半部分は、これは面白くなりそうだ!と思ったんですよね(漫画もここらへんまでが面白い記憶です)。ZQNと化した片瀬那奈のありえない関節可動域の奇々怪々とした動きとかもすごい良かったですし、塚地武雄のキレっぷりも相変わらず良し、久方ぶりに拝顔した風間トオルもこのオファーを受けるとはさすが!と笑えました。さて、と腰を据え直して向かった後半戦がグッとこなかったのです。

ショッピングモールでのゾンビさんたちは前半の元気いっぱいに走り回ったりするZQN群とは異なり、一様にいわゆるゾンビ然とした動きで間の抜けた感じ。もうひとつ緊迫感がないのですよね。有村架純や長澤まさみの演じるキャラクターの肉付けもイマイチで、魅力的には思えませんでした。ラスボス戦で有村架純が発動か!と思いきや…と言ういささか肩すかしな展開で、あんまり話に収まりきってない感じをぼくは覚えました。エンディングはゾンビ映画あるあるであの引きの感じでオーケーでしょうけれど、もしかして続編があるのかな。だとすると、そこで色々と腑に落ちるところもあるかもしれません。

きちんと作り込まれた良質なゾンビ映画であることは間違いないでしょうし、ショットガンの所作とかを含めてビジュアルの映画的リアリティは素晴らしいものがあると思います。ぼくとしては原作付きと言う嫌いはあるにせよ、もうちょっと一本の映画としてカタルシスを味わえる脚本っちゅうかお話の作り込みが欲しかったかなと言うところです。でも、これ邦画のゾンビ映画史のなかでエポックメイキングな作品として残るのかな。そこのところはぜひお好きな方の感想を聞いてみたいものです。

大泉洋はハマり役です。ちゃんと“英雄”してました。

ちはやふる 下の句


2016年/日本/103分
監督 小泉徳宏
原作 末次由紀
脚本 小泉徳宏
撮影 柳田裕男
音楽 横山克
主題歌 Perfume
出演 広瀬すず、野村周平、真剣佑、上白石萌音、矢本悠馬、森永悠希、松岡茉優、松田美由紀、國村隼

『ちはやふる 上の句』ぼくの感想はコチラを思いもよらず、と言った感で楽しんだ為、今作も「また、あいつらに会える!」と心待ちにしており、公開間もなく劇場に駆けつけ鑑賞しました。そして、今週のムービーウォッチメンで取り上げられると言うことで、念押しとばかりに二度目の鑑賞と相成りました。初見は再び“あいつら”に会えた喜びやら、懐かしみやらで冒頭からうるうるとし、真剣佑演じる新の“気づき”のシークエンスで涙腺決壊、上映後、館内の明かりが灯るとハンカチで目頭を押さえたおっさんが一人、と言った構図でしたが、二度目の鑑賞はあらかじめハンカチも手元に用意し、余裕を持ってスクリーンに対峙することが出来ましたよ。泣きましたけど。

なるほど“上の句”はそれ一本でひとつの作品足り得るカタルシスがあり、単品としての完成度も十二分であったのに対し、今作はあくまで二部作の後編、“上の句”あっての“下の句”とはなっております。テーマとしても競技かるたにおいての勝敗に重きを置くよりは、「自分にとってのかるたとは何か」と言うところに焦点を当てていますので、勝った負けたのスポ根ものとしての落しは弱いでしょう。しかし、これ“上の句”からうまいこと引き継いで、よりひとつの大きなふくらみを持たせた青春ものの金字塔として実に見事に結実しているとぼくは思います。

上述のようにテーマとして自分にとってのかるたとは何か、すなわち自分とは何かと言う若者にとって普遍的なアイデンティティの問題に着眼し、独りじゃないんだ、仲間がいるんだ、といわゆる絆、つながりと言うものを殊更強調しています。つまり、青春まっしぐらなんですね。衒いがない、うすら寒くもない、どこに出しても恥ずかしくない立派な王道青春ストーリーです。そこにおじさんは好感を持ち、涙したんでしょうね。ああ、ぼくにもこんな時があったなあ…と、間違いなくぼくの人生でそんなことは一瞬たりともなかったのですが、そんな錯覚すら起させると言う。

そして、この“下の句”の出来を下支えしたのは間違いなく、かるたクイーンである若宮詩暢を演じた松岡茉優ですね。傑出した演技で、どこからどう見ても「かるたクイーン」然としていました。ゆるキャラに目を奪われたり、ださいジャージ姿のギャップも効いてその異彩ぶりを際立たせていました。ぼく、実は初めてこの女優さんを拝見したのですが関西の方なのですかね。京都弁も巧みでしたし、ほんとミリ単位で顔や声の表情をコントロールしていましたよ。千早との最後の会話「また、かるたしようね!」「…つ…」「え?」「…いつや?」のくだりは良かったですねえ。凄い女優さんです。

もう一人、この“下の句”で物語を引っ張るのが新ですね。真剣佑くん。綺麗な顔立ちで、内に秘めるパッションを抑制しつつミニマムな所作と台詞で演じており、大変好感を持ちました。終盤、千早vs詩暢の個人戦を観戦しながらやり取りされる國村隼演じる原田先生との一連のシークエンス、真剣佑くんも号泣ですが、ぼくも号泣ですよ。目玉がもげるかと思いました。そしてラスト、太一と対峙するシーン、最高でしたね!あれをちょっと物真似したいので誰か見て頂けるとありがたいのですが。

今回は広瀬すずさんについて言及していませんが、もちろん彼女の演じる千早あってこその“ちはやふる”ですよ。もう一点、思ったのですがこの監督、アクションシーンを撮るのがすごく上手いんじゃないかな、と。ちょっと競技かるたのと言う括弧付きなので断言はできませんが、カット割りやら編集の繋ぎ方、スローモーションの使い所などが良い按配で、ひとつこの監督でアクション映画を一本観てみたいなとも思ったりしております。とにもかくにも、続編の制作も決定!と言うことで、喜ばしい限りですね。また、あいつらに会える!と今から楽しみにしております。

「安西先生…!かるたがしたいです…」(※そんなシーンはありません)

2016年5月4日水曜日

ズートピア


Zootpia/2016年/アメリカ/109分
監督 バイロン・ハワード、リッチ・ムーア
脚本 ジャレッド・ブッシュ、フィル・ジョンストン
製作 クラーク・スペンサー
製作総指揮 ジョン・ラセター
音楽 マイケル・ジアッキノ
主題歌 シャキーラ
日本語版主題歌 Dream Ami
声の出演(日本語吹き替え版) 上戸彩、森川智之、三宅健太、高橋茂雄、玄田哲章、竹内順子、Dream Ami、芋洗坂係長

しゅごい、ディズニーしゅごい。最高に面白かったので、皆さん今すぐこの画面をそっと閉じて映画館へ向かうことをお勧めします。現場からは以上です。

レオナルド・ダ・ヴィンチは言いました、「芸術に決して完成という事はない。途中で見切りをつけたものがあるだけだ」と。ぼくはこれをポジティブに捉えていますが、その意味で、まさにこの作品にこそ相応しい言葉と言えるでしょう。アニメーションとしての技術的な完成度の高さはもちろん、脚本の素晴らしさ、そのテーマ性の深遠さ、なおかつこの物語は決してここで終わりではなく、提示される様々なエレメントは我々のみならず、ネクストジェネレーションに受け継がれ、語り継がれていくべきものであるはずです。

映画は肉食動物と草食動物という極めて限定された生物が共存する(共存しようとする:ズートピア)世界をメタフィジカルに描くことで、アメリカの歩んできた歴史から現代のアメリカが抱える非常にシリアスでセンシティブな問題を取り扱っています。人間を動物に置き換えて、と言うと日本人にはお馴染みの漫画の原点とも言われる「鳥獣戯画」が思い浮かぶと思います。つまりは風刺なのですが、ともすれば浅薄になりがちなこの手法を驚くべきテクノロジーと熟慮されたプロット及びシナリオで、そして、ここが一番しゅごいところなのですが「めちゃんこ、面白く」娯楽性たっぷりに仕上げているのです。

とかく、こういう類の映画を観ると感想が「しゅごい」「面白い」「きゃわいい」とボキャブラリーが貧困になりがちですが、それで全然良いと思います。少なくともある程度の言葉が理解できる年頃(小学生ぐらいでしょうか)からお年寄りまで、人種問わず幅広い年齢の層の方々にご覧いただいて、それぞれの思いを胸にしてほしいものと思います。それくらい、各キャラクターに魅力が溢れていますし、アニメーションとしての説得力に優れています。

世界と言うのは「みんなちがって、みんないい」by金子みすゞ、で成り立っているべきですが、当たり前のことだけれど、そうではないという社会の現実の壁に誰でも突き当たりますよね。そう言う社会の成り立ちを教示しつつも、諦めないでやっていくのよ、Try Everythingと映画は語っています。この映画を観て「魔法も出てこないし、奇跡も起こらない。夢も希望もないじゃないか、子供にはリアルすぎるよ」という向きもあるかもしれません。でも、あなたが思っているよりも子供はもっと賢いものかもしれません。残念ながらぼくには子供はいませんが、もし子供がいたなら、『ベイマックス』然り、『インサイド・ヘッド』然り、こここのところのディズニー映画含めて、今作は是非一緒に観ておきたい、そんな作品です。

ジュディとニックのバディムービーとして続編にも大きく期待したいところですし、副市長(後に市長)のヒツジの彼女、ドーン・ベルウェザーこそ今作の肝要なキャラクターとしてもっと語りたいところではありますが、いかんせん激しくネタバレしてしまうものでして、どうぞ皆さん、映画館へ足をお運びください。ぼくの住んでいる地方では吹き替え版しか選択肢がないのが残念なところではありますが(上戸彩さんを始め、声優陣は良かったですよ)、コチラはDVDの発売を待つところとなりそうです。あーっ!ナマケモノのフラッシュ、サイコーです!これだけでも観に行く価値ありかも!

『ゴッドファーザー』ネタは大好きなだけに、たまらなくツボでした。でも、結局裏社会に頼らざるを得ないと言う矛盾も孕み…そこも見所ではあります。